僕秩はてな

才能について考えたりしています。

コレラと僕と創作衝動

 

もう時効だと思うので書く。

 

僕は比較的大きな会社に勤めているのだが、ずっとずっと前、あるビルに勤務している時「そのビルの勤務者の中からコレラの感染者が見つかる」という事があった。

 

全社一斉メールで

【周知】コレラ

というアラートメールが飛び、思わずざわつく周囲。



その非日常的な文字列を目にした時の僕の興奮はすごかった。

今まで非日常だと思っていたコレラが、間近にあるのだ。怖いけど気になる。気になるけど遠い世界の話すぎてよくわからない。

この興奮を誰かに言ったり、ブログに書いたりしたいが、そんなことをしたらビル全体で問題になるのは明らかだ。




だが、それでは収まらない興奮。

この高まりをどこにぶつけたらいいのかわからず、とりあえず僕はコレラウイルスの絵を描いた

 

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コレラっ子である。

いいのができた。コレラの怖さを緩和するため、とりあえず「っ子」をつけておいた。

 

だが、冷静に考えるとこれをブログに出すことも「におわせ」になってしまい良くないのではないか。「僕は身近に本物のコレラがあるんだぞ」という、身近にコレラを感じない人々にとってはコレラマウントになってしまいかねない。

 

コレラは人類の前に等しく平等なのに、たまたま自分の近くにあるからと言って、ひけらかしたり見せびらかしたりするものではないのだ。コレラを使った過剰なマウンティングはコレラ・ハラスメントと言われてしまう可能性すらある。

 

 

結局、コレラっ子は断腸の思いでお蔵入りにしたが、

心を揺さぶる感動は芸術活動の触媒となり、創作を支える

という芸術家のセリフで聞くような綺麗事をこれ以上ないほど実感した。

そう、芸術は衝動なのだ。衝動が爆発して、勝手に形を為すというのは本当だったのだ。ありがとう、コレラ。

 

もし僕に、毎日こんな衝動があれば、どんなにいい作品が作れるのだろう…。

 





ということで、

みなさんもコレラになった際は、ぜひゆるキャラにしてみてはいかがでしょうか?



(結論がおかしい)