「ピンポン」と才能と幸福論
僕は松本大洋さんの「ピンポン」という作品が大好きだ。
漫画原作はもちろんだが、実写映画は100回以上見て全セリフを暗記したし、2014年に放送された湯浅監督のアニメも素晴らしかった。
数十回繰り返し見た時点で「なぜこんなに惹かれるのか?」を自分なりに分析したのだが、そこで考えて出た答えは
「ピンポンは才能論だった」
ということだ。
それだけではわかりにくいのでどういうことか説明しよう。
ピンポンには5人の才能ある若者が登場するが、この5人の才能を順に並べると
才能多い ↑
・ペコ
・スマイル
・ドラゴン
・チャイナ
・アクマ
才能少ない ↓
という順番になる。
高校生で一番強いドラゴンとスマイルは順番が逆では?と思う人もいるかもしれないが、劇中ドラゴンがスマイルの才能に嫉妬していること、漫画版の最終回で「君なら優れた選手になれたろうに」とスマイルの引退を惜しんでいることなどからスマイルの順位を上とした。
そして、ピンポンが才能論を示すのはここからである。
先ほどの才能順の横に、卓球を諦めたかどうか?(漫画版準拠)を付けてみる。
才能多い ↑
・ペコ…現役
・スマイル…引退
・ドラゴン…現役
・チャイナ…引退
・アクマ…引退
才能少ない ↓
そして、ここに最終回時点で本人がしあわせかどうか?を付け加えてみよう。
才能多い ↑
・ペコ…現役…幸せ(ドイツリーグへ)
・スマイル…引退…幸せ(教師へ)
・ドラゴン…現役…不幸(代表落選)
・チャイナ…引退…幸せ(コーチへ)
・アクマ…引退…幸せ(第一子誕生)
才能少ない ↓
わかるだろうか?
最終回時点で不幸なのは高校最強を誇ったキャラ、ドラゴンだけなのである。
これが指し示している教訓はおそらくこうだ。
「激しい競争の社会では、本当の天才一人だけが生き残り、あとは全員死ぬ。だから才能がない人は一刻も早く勝負を諦めた順に幸せになる」
残酷すぎるが、あまりにも現実味のある結論。
事実、一番才能が乏しいアクマは真っ先に勝負を諦め、卓球から逃げた。
逃げたから不幸になるわけではなく、真っ先に結婚&第一子誕生が決まり、誰よりも幸福になる様子が描かれている。卓球では負けたが人生では救われたのである。
逆に中途半端に才能があったドラゴンは悲しい。
自分では勝てない天才ペコを目の当たりにしながら中途半端に卓球にしがみついているため、代表落選の屈辱を味わい、平凡に落ちていく自分に絶望する悲しい様子だけが最終回に描かれる。
ポイントは、「才能と幸福度は関係ない」というところで、凡人の僕らにも救いがあるオチではあるのだが、その幸福は「人生をかけてきた勝負を降りる」という大きすぎる代償と引き換えにしか手にできないのだ。いわゆる等価交換である。
僕は、最近ではLINEスタンプなど、若干ものづくりをするので、まだ勝負の世界にかろうじて踏みとどまっているつもりでいるが、1位が取れる才能ではない。
ヒットしたスタンプのエヅプトくんは4位、かなり売れた「肉くん」も2位が限界だった。どうしても1位が取れない。世の中に僕よりもすごい天才は間違いなくいる。
要するに僕の才能はピンポンの劇中人物ならチャイナ、もしくはアクマという能力だったのである。
チャイナもアクマも、一般人から比べればだいぶ卓球ができる。100人に一人の才能と言ってもいいだろう。だが、上には上がいる。
ピンポンを見るたび、「僕も同じだ…」と強く思う。
そしてピンポンは誘惑する。「勝負を捨てて降りれば幸福にしてやる」と。
世界は残酷だ。
人間の才能には生まれながらに絶望的な差があるし、本当のピンチになった時、ヒーローなんて絶対に来ない。
それでも戦いを続けるのか?
そんな鋭い刃物を突きつけてくれるピンポンが、僕は大好きだ。